「 増長する中国、いま何よりも尖閣警備の充実を 」
『週刊新潮』 2014年2月6日号
日本ルネッサンス 第593回
習近平体制の下でのこの1年、中国人民解放軍(PLA)の言動の乱暴さが目に余る。だが、国際法に反した彼らの強引な主張と行動を分析すれば、それらの無意味さも見てとれる。
まず、PLAのおどろおどろしい言動を振りかえってみよう。
中国国営新華社通信は1月26日、中国海軍南海艦隊(南シナ海を管轄)の艦艇3隻が南シナ海南端のジェームズ礁に集結し、「主権宣誓活動」を行ったと伝えた。
蒋偉烈司令官は「戦いに備えて戦いに勝ち、実戦能力を不断に高め、海洋権益を守るべし」と演説したが、同礁はマレーシアなどが領有権を主張しており、スカボロー礁を巡るフィリピンとの対立に加えて、中国はマレーシアとも新たな摩擦を起こしたわけだ。
今年1月1日から、中国は南シナ海で外国漁船の取り締まりを強化すると発表。南海艦隊には新たに7隻ものフリゲート艦が配備された。
昨年12月5日には、南シナ海の公海上で米国の巡洋艦カウペンスの前方を中国公船が塞ぎ、両艦の距離がわずか90メートルまで縮まって、米艦は緊急回避の措置をとらざるを得なかった。
南シナ海におけるPLA海軍の動きが活発化し、強硬さを増しているのである。
東シナ海においても同様だ。昨年11月23日にはわが国の尖閣上空を含む空域に防空識別圏を設定し、1月22日には、暴言で知られる羅援元少将が「中国と日本が開戦すれば、中国のミサイルで日本は火の海になる」と発言した。中国軍事科学学会の副秘書長でもある元少将は、「中国は余裕で日本に勝てる」とも語った。
24日には、同空域で外国の軍用機にPLAの空軍機が音声警告を行ったと、新華社通信が報じた。
国内不安を反映
南シナ、東シナのふたつの海で進むPLAの強硬路線は何ゆえか。習主席への権力集中が進んでいることの意味と重ねて見ると、中国の直面する脆弱さが浮き彫りになる。
昨年末、全面改革指導小組という金融や司法など内政問題を扱う組織の組長に、習主席が就任することが決まった。続いて1月24日には国家安全委員会の主席にも就いた。現在、120万人の要員を擁する武装警察を公安省の所管から外して、共産党中央軍事委員会直属の組織に改編する動きもある。このことは、武装警察も習主席直属の組織になることを意味する。
1月24日、インターネットテレビ「君の一歩が朝を変える!」で防衛大学校教授の村井友秀氏は、一連の動きは習体制下の中国の国内不安を反映したものだと喝破した。
「中国が論語で道徳を強調するのは、道徳がないからです。国内の不安に対処するために国内統制を強めているのが実態です」
前述のように全面改革指導小組は内政問題を扱う組織で、武装警察の主たる任務はチベットやウイグル、モンゴルの異民族取り締まりを筆頭に、治安維持と国境警備だ。
加えて、国家安全委員会の役割は、対外戦略を練ることではなく国内の安全を担保することだ。
「国内治安維持のために一連の組織改編が必要で、主席がトップに就任するということは、国内危機のレベルがそれだけ上がってきているということです。対策を打たなければならないという危機感の表れが一連の組織改革につながっています」
こうした状況下で発信された羅援元少将の暴言にも、よくよく見れば、中国の狙いが透けて見える。
中国のミサイルで日本が火の海になるとの脅しは、日本側が迎撃し損ねたミサイルが着弾し、そこで火事を起こすという意味で事実かもしれない。しかし、それは鉄砲を撃てば弾に当たって誰かが死ぬという類で、殆ど意味がない。実際の日本と中国の間の軍事的・戦略的関係に何の影響も与えないと、村井氏は次のように語る。
「日本には中国を攻撃できるミサイルは全くありませんが、日中開戦となれば、日米同盟があります。中国にもアメリカのミサイルが飛ぶでしょう。だから、開戦すれば中国のミサイルで日本は火の海になるかもしれませんが、同時に、アメリカのミサイルで中国も火の海になるということです」
但し、羅援発言のように、中国が余裕で日本に勝てる戦争も考えることは出来るという。
「中国が持っていて日本が持っていない兵器、つまり核兵器で戦えば余裕で勝てるわけです。ただ、そういう戦争は現実には起こり得ない。なぜなら、日米関係、日米同盟の実態を見ても、日本がそういう形で攻撃されたときにアメリカが反撃しないことは考えられませんから」
軍事戦略の方程式
起こり得ないことを発信する中国側の意図は、台湾の事例から推測可能だ。中国は圧倒的な数のミサイルを台湾の対岸に並べて、開戦すれば台湾は火の海になる、中国は余裕で台湾に勝てると宣伝し、それを信じる台湾人が増えている。結果として、台湾はジワジワと中国に席巻されつつある。中国は、恐らく同じことを日本にもやってみようとしているのではないか。
「ただ、日本に対しては、台湾のような効果は全く期待出来ません」と村井氏は断言する。理由は、日本の自衛隊の実力がPLAに対抗できる水準にあるからだ。
「戦力を測るときの常識として、彼我の差は3倍以内か否かがまず問われます。また、戦力は質に比例し、量の二乗に比例します。そして、3倍以上差をつけられると勝ちにくいのです。このことを念頭におけば、現在以上に差が開くと3対1以上、中国が3以上、日本が1以下になる部門が増えます。日米両国にとって非常に危惧すべき事態です」
軍事戦略のこの方程式を意識して、中国がいま力を入れているのが武器装備の数を増やすことである。兵器の数を厳しく制限してきた日本にとって、これが当面の最大の脅威だ。
中国メディアで「第2の海軍」と報じられる中国海警局は、現在1,000トン以上の巡視船を二十数隻保有すると見られる。これを不十分として、1年以内にさらに20隻建造することが1月中旬、「全国海洋工作会議」で決定された。尖閣及び南シナ海を念頭においた措置だ。
海上保安庁が尖閣の海域で保有する1,000トン以上の巡視船は、現在7隻とされる。安倍首相は早急に大型巡視船12隻、600人体制の専従部隊を設け、尖閣を守りたいとしている。だが予算の関係上、その実現には2年ほどもかかるというのだ。
南西諸島に訪れようとしている現実の危機に対処するのにそれで十分かどうか、国としての正念場にあるという認識で、海保と自衛隊の装備の充実が急がれる。